2011年03月30日

被災地へ・・・3

「気仙沼」を後にして海岸沿いに南下、

「南三陸町」→「石巻」に向かうも、道路が方々で通行不能であり、
かなり迂回しながらの走行でした。



ようやく到着した「石巻市内」にて、
しばし言葉を失いました。



民家が並んでいたはずの、海岸沿いの住宅地が一面に崩壊、
崩壊どころか、見渡す限り消滅しています。



静岡市に例えていえば、
駿河区の高松~中島の海岸線の民家が何キロにも渡って被害を受け、
150号線以南の海側の民家はすべて押し流されてしまった、
という規模でしょうか。



海岸沿いの「セブンイレブン」は、看板のみを残して、
店舗は跡形も無く消え失せてしまっています。



メディアなどにより、ある程度状況把握できているつもりではありましたが、
想像を絶する光景であり、
人間社会を嘲笑うかのような、まさに自然災害の驚異を思い知りました。



石巻の避難所「市立中里小学校」に到着、
約600人の地域民が避難しています。



高台にある建物のため、津波の実害はあまりありませんでしたが、
グランドは海水が入りヘドロ状態。
不快な臭気が漂っています。

自治体が機能していないため、
校長先生以下、教職員さんが避難所の運営に当たっています。



積載している救援物資も残り少なく、
「お菓子」「果物」「除菌剤」などを納めてきました。



物資が保管されている体育館では、
行われるはずだった「卒業式」のデコレーションがなされていました。



卒業式を楽しみにしていた生徒さんや、親御さんもたくさんいたことでしょう、
見ていて切なくなります。

この避難所は、比較的物資は届いているものの、
電気も燃料もありません。
お米は届いても炊き出しができない、
カップ麺は届いてもお湯が沸かせない、

この一週間はわずかなお菓子を、600人で分け合って食べていたそうです。
やみくもに支援物資を送っても、
それをどうにか出来る手段がなければ即効性はありません。


予定していた支援活動・情報収集を終え、静岡に出発、
現地が燃料不足であるとの報道を受け、
往復するのに十分なる燃料を積んで行きましたことを申し添えておきます。




長くなりましたため、
私なりの「総括」は次回述べさせていただきます。

お立寄り下さっている方に御礼申し上げます、
見聞してきた以上、お伝えするのが義務だと考えております。


byオジキ  


Posted by オジキ at 23:33Comments(1)